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福島地方裁判所 昭和34年(わ)15号 判決 1961年11月04日

被告人 千葉佳男 外三名

主文

被告人千葉佳男を懲役四月に、

被告人斎藤実、同吉田文之助を各懲役二月に、

それぞれ処する。

たゞしこの裁判確定の日から二年間右各被告人等に対する刑の執行を猶予する。

訴訟費用中

(一)  証人本田国博、同室井文夫に支給の分は被告人千葉佳男同斎藤実同吉田文之助の連帯負担とし、

(二)  その余は被告人千葉佳男同吉田文之助の連帯負担とする。

被告人五十嵐正三郎は無罪。

本件公訴事実中、第一の建造物侵入の点につき

被告人斎藤実は無罪。

同事実中、第二の二の公務執行妨害の点につき

被告人千葉佳男は無罪。

理由

(本件発生に至る経緯)

国鉄労働組合は、昭和三十三年十月初め政府が当時開会中であつた第三十回臨時国会に提出して審議に付した警察官職務執行法(以下単に警職法と略称)改正法案が労働者の団結権、団体行動権ひいては国民の基本的人権を制限する疑いがあるとして、専門家による意見を徴していたが、一方右警職法改正法案が漸く国民各層の関心の的となつて、自由人権協会、護憲弁護士団、日本学術会議学問思想の自由委員会、各大学教授会ないし教授団、日本政治学会、文芸家協会、主婦連その他多数の団体による広範囲にわたる民間からの批判的論調が高まつてそれが次第に法案撤回を要望する組織的な運動となり、他方所謂総評、全労その他多数の労働団体および傘下労働組合も警職法改正反対を主要目標とする団体行動を同年十一月五日に挙行する予定となつていたところ、右統一行動に呼応するためこゝに国鉄労働組合中央斗争委員会は警職法改正反対を中心とし、昭和三十三年度仲裁々定の完全実施、年末手当二ヶ月分要求等を併せ討議するための職場大会を十一月五日午前中二時間ないし三時間開くことを決定し、その旨同年十月二十七日頃各地方本部斗争委員長あて指令し、仙台地方本部斗争委員会は右本部指令に基き、その頃各支部斗争委員長あて指令した。

(罪となるべき事実)

被告人千葉佳男は国鉄労働組合仙台地方本部執行委員教宣部長、被告人斎藤実は国鉄労働組合全国オルグ、被告人吉田文之助は国鉄労働組合郡山工場支部旋盤分会長であるが、

第一、被告人千葉同吉田の両名は前記仙台地方本部斗争委員会の指令に基き国鉄福島駅構内に勤務中の職員を説得して勤務時間内職場集会への参加を促すため前同日午前六時五十分頃国鉄労働組合郡山工場支部組合員氏名不詳者約七十名と共同して正当な事由なく福島駅南信号扱所北側階段より同所室内に侵入し、

第二、福島鉄道公安室所属鉄道公安職員本田国博外十九名が、鉄道営業法第三十七条、第四十二条に基き、前記福島駅南信号扱所室内に侵入した被告人千葉等国鉄労組員を同信号扱所外に退去させようとした際、被告人斎藤は、同日午前十時頃同信号扱所入口附近階段において、前記本田国博に対しその股間を四、五回足蹴にする暴行を加え、以つて同人の公務の執行を妨害し、

第三、被告人吉田は、同日午前十時五十五分頃、同駅貨物ホーム附近において、福島鉄道公安室室長渥美益治の指揮下に約二十名の公安職員と共に鉄道地内の警備任務に従事中の同公安室所属鉄道公安職員高橋正明の背後より旗竿を以てその後頭部を一回殴打する暴行を加え、以て同人の公務の執行を妨害し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人千葉、同吉田の判示第一の建造物侵入の点は各刑法第百三十条、罰金等臨時措置法第二条第三条、刑法第六十条に、被告人斎藤の判示第二の、同吉田の判示第三の各公務執行妨害の点は、各刑法第九十五条第一項にそれぞれ該当するところ、被告人千葉および同斎藤につき各所定刑中懲役刑を選択して、その刑期範囲内で被告人千葉を懲役四月に、同斎藤を懲役二月にそれぞれ処し、被告人吉田の建造物侵入罪と公務執行妨害罪は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、建造物侵入罪および公務執行妨害罪につき各所定刑中懲役刑を選択して、同法第四十七条本文第十条により、重い公務執行妨害罪の刑に併合罪の加重をした刑期範囲内で、被告人吉田を懲役二月に処し、同法第二十五条を適用し被告人千葉、同斎藤、同吉田の三名に対し本裁判確定の日から二年間右刑の執行を各猶予することとし、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文、第百八十二条により訴訟費用中証人本田国博、同室井文夫に支給の分は被告人千葉、同斎藤、同吉田の連帯負担とし、その余は被告人千葉、同吉田の連帯負担とする。

(弁護人等の主張に対する判断)

一、先ず大野弁護人は被告人等の本件福島駅南信号扱所への立入行為はいわゆる政治斗争ストではなくして「政治的抗議スト」の範疇に属するもので完全に合法であること、および被告人等の行為が公労法第十七条に違反するや否やの議論は被告人らの行為に刑事免責規定を適用するについて何らの関連性も有しないと主張する。

そこで審究するに、所論の政治斗争ストと政治的抗議ストを理論的に区別し、両者間に違法性に差異のあることが論ずる点は傾聴に値するが、しかし問題は当該行為に対する国家の刑罰秩序全体からする評価そのものであつて、「政治スト」概念の理論的分析それ自体ではないのであるから、被告人等の本件行動を仮に政治的抗議ストと特徴ずけてみたとしても、それで直ちに被告人等の行動が正当化され得るというものではない。蓋し当該行為の正当性、違法性を評価する基礎は当該行為に附随する一切の事情を刑罰秩序全体において評価するという点に求めるべきだからである、しかも現状においては政治的抗議ストなる概念が労働刑法上違法性阻却事由と直ちに目すべき程に熟したる法律的概念として認められているものとはいゝ難い。

次に公共企業体等の職員である被告人等の行為については公労法第十七条違反の有無を論ずるまでもなく刑事免責規定即ち労働組合法第一条第二項の適用があるとの所論についてであるが、この点については最高裁判所の判決はなく又弁護人指摘のとおり下級裁判所間においても未だ見解の一致を見ないところである。

しかしながら、公労法第十七条において禁止している争議行為は業務の正常な運営を阻害する一切の行為に及ぶものであつて、それは労働組合法第一条第二項が免責を認める同法第一条第一項所定の目的を達成するためのものも含まれるのである。従つてこのような争議権を剥奪する公労法第十七条が違憲であるという論をとるならば格別(当裁判所はこれを合憲なりと解する)、合憲を前提とし、同法条の存在理由たる公共企業体の独占性、社会性、公共性を強調する見地から考察する以上、同法条違反の争議行為が単に同法第十八条による解雇の効果を招来するのみに止るものではなく、刑罰秩序の全体系からする法的評価を受けるべきことはいうまでもない。公労法が労組法第一条第一項の規定を積極的に排除した規定を設けていないからといつて、公労法が右の法意を否定するものと解するのは妥当でなく、更に又公労法において罰則規定を設けなかつたとしてもそのことは直ちに当該争議行為の刑事上の免責を基礎ずける理由ともならない。凡そ組織体の存するところには秩序が存しなければならない。これを紊すときは秩序罰として制裁を受けねばならない。ところが刑罰はより高次の組織体である国家社会が秩序を維持するため国家権力の発動として科するものである。このように懲戒と刑罰とは本質を異にするのであるから一個の行為が組織体の秩序を紊すと同時に、国家秩序をみだすときは二種の罰を科されるのは当然である。要するに公労法違背の争議行為については労組法第一条第二項所定の免責規定の適用から除外されると解すべきである。

而して被告人等の本件建造物立入行為が争議行為であることは前掲各証拠により明認し得るところであるのみならず、その目的が、勤務時間内において開催されるところの職場大会に参加するよう説得するにあること、説得の方法として労組員約七十名が共同して転轍器の集中操作を行う駅運転関係の枢要施設である福島駅南信号扱所二階に入室し、勤務中の作業員五名に対して説得活動をすること、作業員の士気を鼓舞するため、場合により室内を行進し、合唱すること、説得活動が少くとも半時間ないし一時間内にては終らないことが建造物立入当初から予想せられていたことが認められるのであつて、これらの集団行為が国鉄の業務の正常な運営を阻害することは到底否定できないところである。

なる程現実に惹起した列車の遅延が二本の列車について夫々五分と二分であつたことは必らずしも重大とはいえないが、しかし信号扱所内における業務の正常な運営を阻害するに至るべきことは当然認識し得べきところであつたことは否定できないのであるから、後述の如くその目的・態容において到底正当な争議行為ということはできない。

二、次に本件建造物侵入行為の共謀の点であるが、被告人千葉、同五十嵐、同斎藤、同吉田等四名間の本件公訴事実中第一の事実についての共謀は後述のとおりこれを認めることはできないが、少くとも、被告人千葉、同吉田両名の間にあつては、判示事実のとおりの日時頃、信号扱所侵入に際して相互の意思の連絡の存在したことは明認し得るところであつて、これは所謂共謀による共同正犯とは異るけれども実行共同正犯(刑法第六十条)に該るものということができる。

同弁護人は、被告人吉田は信号扱所立入についてそれが違法であることの認識を欠いていたから刑事責任が阻却されると主張する。講学上違法性の錯誤が責任を阻却するか否かにつき問題があり、これを積極に解する説にも一理あることは当裁判所もこれを認めるにやぶさかではないが、本件において被告人吉田の所為が違法性の錯誤に該るものであるかどうかは更に検討を要するところである。すなわち弁護人は、被告人吉田は自己の行為の発展につき何の予測もなしに、被告人千葉の指示に従い信号扱所内に立入つたものの如く主張し、恰も被告人吉田が、無目的のまゝ偶然信号扱所内に立入つたものの如く表現しようとしているが、関係証拠を総合すれば、被告人吉田が、本件当日信号扱所内への立入の目的、その方法、立入後の活動、立入時間等についてすべて予め認識していたと認めることができるのであり、果してそうだとすると、その認識の内容は、前述・後述のとおり、到底正当なものとはいうことができないのであり、この点は被告人千葉の立場と全く同一であるといゝ得るのであるから、これを目して被告人吉田に関して違法の認識がなかつたとの主張は採るを得ないのである。

三、片岡弁護人は、本件の被告人等の集団行動は、違憲の警職法改正法案に対する統一的な反対運動の一環として為されたものであり、憲法の保障する抵抗権の法理に基いた最小限の消極的抵抗運動であつて、行為により保護しようとする法益と、行為の結果侵害される法益と対比して均衡を失わない社会的相当行為であるから、超法規的違法性阻却事由に該るものであると主張する。

主張するところの憲法の保障する抵抗権の法理とは必らずしも明白とはいゝ難いし、又所論抵抗権が実定法秩序外の世界の秩序の価値観による実定法秩序の価値の拒否を本質とする高度な固有の革命的抵抗権を意味するのでなく、現行憲法秩序の保持のため且つその限度においてのみ行使される最少限の消極的抵抗運動ということになれば、結局憲法第十二条所定の自由及び権利の保持義務を指称するの意なのではないかと考えられる。しかし憲法第十二条の自由及び権利に対する保持義務を目して現行憲法秩序の保持のための消極的な抵抗運動を許容するものと解し得るとしても、その運動の目的ないし手段、方法は現憲法秩序において、すなわち行為全体として社会共同生活秩序と社会正義の理念に適応し、法律秩序の精神に照して是認できるものであるか否かの面より評価を受けるべきものであるから、畢竟するに所論は、刑罰秩序においては刑法第三十五条の法意に則り、行為の形式的違法性を超えて、実質的に違法性の有無を探究する問題に帰着するといわざるを得ない。

よつてこの観点から被告人等の本件集団行動を考察するに、

(1)  被告人等の本件行動の目的が、当時第三十回臨時国会の審議に付せられた警職法改正法案の国会を通過するのを阻止するにあつたことは前掲各証拠により認められ、しかもその阻止行動が、同法案の違憲であることを法律専門家による意見を徴したうえで樹てており、しかのみならず、同法案の是非が国民の間に相当広範囲にわたり論議され、違憲であると断定する者から、違憲の疑いがありとし、ないしは、違憲ではないまでも、警察官の権限濫用のおそれが大なりとして改正は当を得ていないとする者にいたるまで相当の幅はあつたけれども改正案に対する論調がどちらかといえば批判的な方向に傾いていたことは公知の事実であつた。従つて被告人等が国鉄労働組合の一員として上部機関の指令を受けて右改正案に対する反対運動を展開せんと企図したことはそのこと自体何ら非難すべき余地はない。

次に被告人等の反対運動の指針が如何なるものであつたかについてみるに、すなわち被告人等が受けた国鉄労働組合中央斗争委員会ないし、仙台地方本部斗争委員会の指令は、証人池田光利、同石垣徳弥等の証言を総合すると、本件当日午前八時半から三時間、勤務時間内の職場大会を開き、警職法改正反対、年末手当二ヶ月分の獲得、昭和三十三年度仲裁裁定の完全実施等の問題を組合員に理解させること、就中警職法改正案反対運動を主眼とすることにあつたことが認められ、被告人等は右の職場大会を成功させるため、福島駅構内に勤務する国鉄職員に対し、右大会に出席するよう呼びかける任務を帯びるものであつた。

しからばこのような具体的運動は如何に評価せられるべきか。仮に被告人等の説得行動が効を奏し、福島駅勤務中の組合員の大半が職場大会に出席したならば結果はどういうことになるか。組合の指令は大会出席を促す相手方は出番の者も非番の者も含むのか、非番の者だけなのかは明らかではないが、組合内部の下部機関が上部機関の指令に服する義務があるとはいうものの、右のように指令があいまいな場合にまで敢て違法の疑いある行為に出る必要は全くないに拘らず被告人等が特に非番になる組合員のみを対象として説得活動をしたという形跡を認めることができないので、説得活動の効を奏した暁は、国鉄の輸送業務の正常な運営を阻害するに至るであろうことは必定といわねばならない。論者は列車の遅延は説得活動の結果起り得ることではあつても、当初の目的はそこにはないのであるから、説得活動を非難するには当らないという。しかし列車の遅延を目的とするしないは別としても、勤務中の職員を職場から離脱せしめんことを促しておりながら、離脱した後に生ずべき結果を不問に付することは、国鉄の業務に関して争議行為を全面的に禁じた公労法の存在に全く眼を閉じるものであつて承認し難い。一方被告人等が受けた指令は、職場大会を開くことであつて、勤務中の組合員をして職場から離脱せしめることに主眼があるとは認められない。組合員に警職法改正案反対の意義を理解せしめるために、職場を脱せしめることまで敢てする積極的理由は見出し難い。

(3)  更に被告人等は他の組合員約七十名と共に福島駅南信号扱所に入室したというのである。説得の相手方は勤務員五名が定員であるところの信号扱所の組合員達であつた。五名に対して約七十名の説得者が果して必要なのであろうか。七十名が各自説得するのでなく、代表者数名が行うとしても他の七十名近い組合員は何のための随行であるか。論者は、多数の団結の威勢を示して勤務中の組合員の士気を鼓舞し、当局者の指揮監督による心理的圧迫感を緩和するにあるという。或はそうかも知れない。しかし、約七十名が入室したという南信号扱所二階の構造は、間口約三・六メートル(約二間)奥行約十二・六メートル(約七間)の約四五・三六平方メートル(約十四坪)の広さであるが、その半分以上が、機械及設備品によつて占められていることが実況見分調書によつて認め得られるのであり、人の占拠し得る広さは約十九・四四平方メートル(約六坪)余にすぎないのである。信号扱所の組合員五名を鼓舞するのに、かように狭隘な部屋を七十余名の組合員を以て占める必要をどうすれば肯定できるのか甚だ理解に苦しまざるを得ない。のみならず、信号扱所は信号機および転轍器の集中操作を行なう駅運転関係の心臓部に該るのであり、他の鉄道運輸業務に比し一段と作業の迅速性、正確性、機動性を要求せられる作業所なのである。かゝる作業所に、多数の組合員が入室し、長時間滞留するということは、説得活動を越えて、業務の妨害が主たる目的ではないかという疑念をすら抱かしめるものである。

因みに、当日福島駅本屋の営業関係の事務室に赴き、被告人等と同じく説得活動を行つた国鉄労組仙台地本郡山支部執行委員長吉村吉雄の証言によれば、「組合員をたくさん室内に入れれば直接業務に影響を及ぼすことにもなるから、二、三の幹部が入室し、爾余の三十名位の組合員は室外で待機させておいた」旨供述しているのであるが、これを以てみても、被告人等の説得活動が如何に国鉄職員としての良識を欠いていたかが肯認し得るのである。

(4)  以上の観点からすれば、信号扱所内に入室後の被告人等を含めた七十余名等の組合員等の行動如何は本件信号扱所侵入行為の違法性の評価には直接関係のないことである。従つて組合員等が為した信号扱所内における牛歩行進、合唱等が前後二回で、しかも一回約十分ないし十五分の短時間にすぎないものであつたとしても、それは立入行為の違法性を阻却する理由とはなし得ない。

又、信号扱所が本件発生以前、国鉄職員以外の部外者が自由に立入ることができたという事情、ないし、組合員や役員の出入も自由に行われていたという慣行も、同様に論ずることができる。従前の慣行が認められたのは、信号扱所内の作業に全く無影響の人数の人員が、これ又作業に何らの影響も来さない所用のために出入していたというにすぎないのであつて、本件におけるような七十名もの多数の人員が一度に入室したという慣行は認め得べくもないのである。小人数の立入りの慣行が、信号扱所について建物管理規程を事実上有名無実ならしめているといつても、本質的に態様を異にする本件における被告人等の立入行為についてまでも妥当すると考えることは許されないのであり、同様に又被告人等の立入について当局者側の者の阻止行為が甚だなまぬるかつたことをとらえて、建物管理者側において被告人等の立入行為を黙認するものであるとの論は到底とるを得ないものである。事実被告人等の立入後十数分にして信号扱所建物の管理者である福島駅駅長山口要は、信号扱所内の組合員に対し退去通告を発し、その後も通告を繰り返しており、管理者側が立入りを拒否する態度は充分に明認し得るのである。

以上要するに、被告人等の本件集団行動の窮極の目的の正否は別として、その信号扱所立入の手段・方法は法律秩序の精神に照らして是認し得るものとは到底いうことはできないのであつて、結局実質的な違法性を阻却する事由は見出し難いといわねばならない。

四、長田弁護人は、公訴事実第二における本田国博公安職員等が信号扱所から組合員を退去させるべく為した実力行使は法的根拠のない違法のものであつたと主張する。

しかしながら鉄道営業法第四十二条所定の鉄道係員の退去方法として論者が主張するところの「強制に亘らない範囲内での社会通念上相当な手段方法」とは如何なるものを指すのか明らかとはいゝ難いのであるが、単なる退去通告を発し得る程度の意味に限定するのであれば妥当ではない。蓋し鉄道営業の円滑な遂行を確保するうえで、即刻鉄道地内の侵入者を排除しなければならない場合に、退去通告以外の手段が許されないとすれば、何ら実効を期し得ないし、単なる通告ならばかゝる規定さえ不要であるからである。従つて、同条は社会通念上相当と認められる程度においては一般的に実力行使によつても侵入者を車外又は鉄道地外に退去させ得る趣旨を規定したものと解するのが相当である。

次に本件における信号扱所内に入つた被告人等は、鉄道営業法第三十七条にいう「鉄道地内にみだりに立入りたる者」には該らないと主張するが、本条が鉄道業務の円滑な運営を確保するにある以上、鉄道職員といえども、職務と直接関連なく立入り、しかも鉄道業務の運営を阻害する状態を現出したときは直ちにこれを排除すべき必要のあること一般旅客、公衆と何等差異はないのであつて、鉄道職員というだけで同条の対象とはならないと解すべき根拠は全くない。国鉄労働組合の活動なるが故に凡て許容され、同条に所謂「みだりに立入りたる者」には該当することはあり得ないというのは独断であつて採用し難い。

更に同弁護人および被告人斎藤は公訴事実第二の一の事実につき同被告人は本田国博公安職員に対して何らの暴行もしなかつた旨主張する。

しかし証人本田国博に対する証人尋問調書によれば、本田公安職員が被告人斎藤によつて、短時間その手首にをかけられ、又股間を四、五回足蹴にされた事実は十分これを認めることができるのであつて、前掲現場写真第九号の存在もこの事実を裏ずけるものである。たゞ前記尋問調書および証人酒井邦雄、同関根秋雄の証言ならびに現場写真第九号第十号を総合すると、南信号扱所の北側階段を昇りつつあつた被告人斎藤はその上昇を阻止するため階段上部にいた本田国博公安職員により右肩を押されて重心を失い、転倒しないため反射的にその左手を本田公安職員の首にかけることになつたものと窺知し得られるのである。従つて起訴状に所謂被告人斎藤が本田公安職員の首をしめたとの行為は自己防衛本能に根源する反射的挙動であつて暴行の故意は認め難い。しかしながら同被告人の本田公安職員の股間に対する足蹴行為は右とは事情を異にする。すなわち現場写真第九号によれば、被告人斎藤は本田公安職員と同一階段上において、同人の股間に足をあげていることが窺われるのであるが、このような右両人の位置的関係にあつては、既に生じた被告人斎藤の身体の不安定は解消しておるのであるから、同被告人が身体の安全を確保するために本田公安職員の股間に足をあげる必要は全く認められないし、且又足蹴行為の回数が四、五回にも及んでいることからみて、この足蹴行為を反射的な自己防衛行為とみることは到底できないといわなければならない。してみれば被告人斎藤の本田公安職員に対する暴行行為がなかつたとの主張は採用することはできない。

五、次に同弁護人は、公訴事実第三における高橋正明公安官の公務は不存在であると主張する。

なる程高橋公安職員の公務を単独に考察するならば同公安職員が信号扱所における実力行使を終えて公安室長の指揮下に入り、その指揮の下に隊伍をなして公安室に移動しつつあつたのであるから、同公安職員の自己の公務の内容を追究するときは明確に答え得ないのは当然である。しかしながら高橋公安職員は本件当日においては、公安室長の指揮下に、他の公安職員等と共に組織的に福島駅構内の警備の任に当つていたのであり、警備の目的は組合員の団体行動によつて場合によつては鉄道業務の正常な運営の阻害される虞あることに鑑みて、それに対する予防ないし排除にあつたことが証人渥美益治の供述によつて認められるから、南信号扱所の二回にわたる実力行使の終了後隊伍を組んで公安職員が移動を開始し、一方組合員が当日の団体行動を完了せず鉄道地内から完全に離脱しない当時にあつては、高橋公安職員を含めた渥美公安室長以下の公安職員の一隊は引続き鉄道地内の警備任務に従事中であつたと認めることができるのである。よつてこの点に関する弁護人の右主張は採用することができない。

更に同公訴事実について、被告人吉田は、高橋公安職員に対する暴行の事実はなかつた旨主張する。同被告人が判示日時頃旗竿を持つて他の組合員と共に、行進していたこと及びその頃被告人吉田等組合員が実力行使を終了して移動中の公安職員の背後近く接近していたことは証人菊地芳明の供述及び現場写真第二十四号により明認し得るところである。従つて被告人吉田が犯行現場にいなかつたとか、旗竿を持つていなかつたとかいう反対事実があるならとも角、一応被告人吉田に犯行の機会のあつたことは争い得ない。そこで更に検討すべきは被害を受けた高橋公安職員が暴行者を誤認してはいないかの一点に尽きる。しかるに、証人高橋正明に対する尋問調書によれば、「棒切れのようなもので後からはたいたものがおつたのですぐ後を振り返つてみると、一間半位離れたところで組合旗を持つ吉田被告人がいた。附近には棒を持つた人はいなかつた。旗は巻いてあつた。吉田は四列縦隊をなしている組合員の先頭にいてレインコートを着ていたが、それは、先刻南信号扱所において実力行使をした際、吉田が休養室にあるレインコートを自分に向つてそれをとつてくれと頼んだことがあるのでその時のレインコートだなとわかつた」という趣旨の記載があり、これによると、(1)高橋公安職員は棒切れのようなもので叩かれた直後背後を振り返つてみたところ、(2)一間半離れたところに(3)見憶えのあるレインコートを着用した吉田被告人が(4)旗竿を持つていた(5)附近には他に棒を持つた人はいなかつたということが認め得られるのであるから、高橋公安職員が暴行者を吉田被告人と誤認したとは認め難いといわねばならず、従つて被告人吉田の主張も認めるに由なきものである。

(無罪とすべき事実)

一、公訴事実第一、は

「被告人(千葉、同五十嵐、同斎藤、同吉田)等は福島駅南信号扱所に侵入することを共謀し、被告人千葉同吉田の両名は、昭和三十三年十一月五日午前六時五十分頃、国鉄労働組合郡山工場支部組合員氏名不詳者約七十名と共同して正当な事由なく同信号扱所北側階段より同所室内に侵入し、次いで被告人斎藤、同五十嵐の両名は、同日午前九時四、五十分頃、右支部組合員氏名不詳者約五十名と共同して正当の事由なく同所室内及び北側階段上に侵入し、同駅長から再三に亘り口頭又は文書を以て退去を求められながらこれに応ぜず、同日午前十時四十分過迄同信号扱所に留まり、」

というのであるが、

(1)  右公訴事実が、被告人四名の共謀を、所謂共謀による共同正犯におけるそれとして主張しているのであるか、それとも実行共同正犯におけるそれとして主張しているのかは必らずしも明らかとはいえない。しかし右公訴事実は同一場所における時間の異るしかもそれぞれ別異の被告人による二つの侵入行為を被告人等四名の共謀により、被告人全員に対して問責しようとしているのであるから、共謀共同正犯を主張しているものと解するのが妥当である。

(2)  しからば次に被告人等四名の間に右二つの建造物侵入につき共謀の事実があつたかの点についてであるが、全証拠を検討するもこの事実を認めるに足りる資料は存在せず、判示事実一、のとおり被告人千葉同吉田の間において建造物侵入の際における意思の連絡が認め得られるのみである。

(3)  尤も被告人五十嵐については、公訴事実第一の記載にあるとおりその日時頃、本件福島駅南信号扱所の室内に立入つたこと、同斎藤についても右日時頃同信号扱所北側階段上に立入つた事実はこれを認めることができる(弁護人は右階段は刑法第百三十条所定の「人ノ看守スル建造物」に該らない旨主張するので言及するに、南信号扱所北側階段というのは実況見分調書によれば、同信号扱所建物の北側に鉄道用地から同建物の二階入口への昇降用として建物の外壁に固定し設けられた鉄製の幅三尺の階段であつて、同建物の二階を昇降するための唯一の設備であることが認められるから、従つて(1)同階段は建物の二階に昇降するために一時的に立てかけた梯子等とは異なり、容易にとり外し得ない固定的な設備であつて、言わば建物の同体的構成部分を為しておるものである。換言すれば建物の内部に設けられた階段に比しその場所が内部か外部かの差があるだけであつて、建物と階段とは一体として完全な用を成すのである。(2)又同階段は同建物の二階への昇降の為の唯一の通路であり、しかも階段の最上段(踊場)は二階信号取扱室の入口と相接しているのであるから、言わば階段はその昇降口に扉の設備こそないが、右信号取扱室入口の延長とも目すべき関係にあるといわねばならない。故に同階段は南信号扱所建物の一部分であり、建造物に該るということができる。次に「人ノ看守スル」状況の有無についてであるが、福島駅々長の職務権限である鉄道固定財産の管理権の範囲は福島駅構内の大部分及びその中に存在する駅本屋の事務室、詰所、信号扱所等に及ぶのであつて、本件の南信号扱所建物全体もそれに包含されるのである。すなわち個々の建物ではなく、それ自体管理の対象である鉄道用地という特定の敷地内に存在する一つの建物が南信号扱所なのであるから、同建物の階段だけを限つて「人ノ看守スル」状況にないというのは到底正当ということはできない)。

しかしながら五十嵐、斎藤両被告人等のそれぞれの信号所立入行為は、被告人千葉同吉田等の本件建造物侵入の共同行為とは全然別個の、五十嵐、斎藤両被告人等各独自の意思に基く行為であり、しかも右被告人両名の間にも意思の相互的連絡のあつたことは認められないのであつて、しかのみならず、右被告人両名の立入行為は被告人千葉同吉田等の本件侵入行為とはその目的において根本的に異つており、又立入時間も短時間であり到底同列に論ずることのできない性質のものであるから、右両被告人等の各単独立入行為そのものについては犯罪の成立は甚だ疑問である。況して右被告人両名等の立入行為は起訴状記載の第一の前段の立入行為と合して一罪の関係にあるものと認めるを相当とするので、前記のとおり、右被告人両名等と被告人千葉同吉田との間における共謀の事実が認められない以上被告人五十嵐、同斎藤については本件公訴事実第一、の建造物侵入の点につき結局犯罪の証明がないから刑事訴訟法第三百三十六条を適用して無罪の言渡をすべきである。

(4)  更に被告人千葉、同吉田についても、公訴事実第一、の中「次いで被告人斎藤、同五十嵐の両名は、同日午前九時四、五十分頃右支部組合員氏名不詳者約五十名と共同して正当の事由なく同所室内及び北側階段上に侵入し、同駅長から再三に亘り、口頭又は文書を以て退去を求められながらこれに応ぜず、同日午前十時四十分過迄同信号扱所に留まり、」の点については被告人等四名の共謀を認めるに足る証拠は存しないが、同事実は、判示第一の建造物侵入罪と包括的一罪の関係にありとして起訴されたものであるから特に主文において無罪の言渡をしない。

二、公訴事実第二の二の事実は、

「福島鉄道公安室所属鉄道公安職員本田国博外十九名が鉄道営業法第三十七条、第四十二条等に基き、被告人等を福島駅南信号扱所外に退去せしめんとするや、被告人千葉は、昭和三十三年十一月五日午前十時頃同所において、前記本田国博に対し、自ら負傷した手拳の鮮血を二、三回なすり着けた上、その足部を背後より足蹴にする暴行を加え、以て同人の公務の執行を妨害し」たというのであるが、先ず本件における被告人千葉が本田国博公安職員に対して手拳の鮮血をなすりつけた行為が公務執行妨害罪の成立要件たる暴行たり得るか否かが問題である。公務執行妨害罪における暴行は、一般に公務員に対する不法な有形力の行使と解せられているのであるが、本件における被告人千葉の行為についてその前後の事情を、証人本田国博、被告人千葉の各供述によつて検討するに、被告人千葉の負傷の経緯は、南信号扱所における鉄道公安職員の実力行使の結果、同所二階の信号扱室内にいた多人数の組合員が押されて同室の戸口に密集する結果となり、そのため、戸口のガラスが多人数の圧力に堪え得ず破壊され、その際偶々その附近にいた被告人千葉の左手にそのガラスの破片が突きさゝつて負傷したものであり、かくして被告人千葉は自己の負傷が、公安職員の実力行使に起因するものと判断し、傍の階段上踊場に居合せた本田公安職員に対し、負傷した左手を同人の眼前に突きつけて抗議し、押問答を続けているうちに、同被告人が茶目つ気を出して、血のついた左手の甲を、本田公安職員の頬の部分に接触させたものであることが認められるのである。そこで右接触行為を検討するに、被告人千葉は自己の負傷について抗議するため相手側たる公安職員に対し負傷の程度の軽くない事実(医師木村佐太郎作成の診断書によれば、同被告人の負傷は長さ約五センチメートルの切創であり、三針縫合をしているとの記載があるから、単なる擦過傷の程度ではなく、相当の流血があつたことが窺知し得る)を認めさせるために、本田公安職員の顔面に殆ど接近させて突き出していた左手を瞬間的に二、三回同公安職員の頬に接触させたというのであつて、通常の位置にある自己の手の甲を、空間を急速に移動させて面前にいる相手方の顔面に接触させた(この場合であれば有形力の行使と認め得るのであろうが)のとは異るのである。又同被告人は最初から相手に血をぬりつける意図のもとに負傷した左手を突きつけたのではなく、抗議の目的で突き出していた手を、途中において茶目つ気を出し、言わばなかばいやがらせの為に接触させたものである。従つて、このような接触行為によつては相手方たる公安職員の人格に対する侮蔑類似の行為とはなり得ても、その公務の執行を妨害するに至るべき有形力の行使とは認め得ないといわざるを得ない。以上の理由により被告人千葉の本田公安職員に対して自ら負傷した手拳の鮮血をなすりつけたとの行為は公務執行妨害罪における暴行には該らないと解するを相当とするものである。

次に同被告人が、本田公安職員に対し、その足部を背後より足蹴にする暴行を加えたとの事実であるが、これを窺わせる証拠としては証人斎藤稔の証言のみであり、しかも同証人の証言は証人が被告人の犯行を目撃した位置、目撃する際の前後の状況、目撃した犯行状況等について他の証拠と対比して措信し難いところであるし、一方、被害者と目される本田公安職員は、自身全く被害の自覚を有していないことを併せ考えると、右公訴事実については証拠が十分でなく犯罪の証明がないので刑事訴訟法第三百三十六条を適用して無罪の言渡をする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 菅野保之 宮脇辰雄 山下薫)

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